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水戸地方裁判所 昭和47年(行ウ)3号 判決

原告

株式会社富士ビル

右代表者

長谷川實

右訴訟代理人

小林英雄

被告

水戸税務署長

藤咲卓三

右指定代理人

増山宏

外六名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者双方の求めた裁判

一  原告

1  被告が原告に対し昭和四三年六月二九日付をもつてした昭和四二年一月一日から同年一二月三一日までを事業年度とする法人税に対する更正処分のうち、同四六年一一月三〇日付の国税不服審判所長の裁決により取消された部分を除く残余の部分は、これを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨。

第二  当事者双方の主張

一  請求原因

1  原告は、貸ビル業等を目的とするものであるが、昭和四二年一月一日から同年一二月三一日までを事業年度(以下、本件事業年度という。)とする法人税について、同四三年二月二九日被告に対し欠損金額を一、六九二万六、七〇四円とし、そのうち前年度への繰戻し額を四八五万七、五四六円、翌年度への繰越し額を一、二〇六万九、一五八円とし、法人税額を零とする確定申告をした。

2  被告は、右申告に対し昭和四三年六月二九日付をもつて所得金額を一、二九〇万七、三八〇円、法人税額を四三〇万七、四〇〇円とする更正処分をしたので、原告が同年七月二二日関東信越国税局長に対し右更正処分の審査請求をしたところ、昭和四六年一一月三〇日付をもつて国税不服審判所長は(昭和四五年法律第八号による国税通則法の一部改正によつて審査請求に対する裁決をすることになつた。)、右更正処分の一部を取り消し、本件事業年度の欠損金額を六九二万九、二〇四円とし、そのうち前年度への繰戻し額を四八五万七、五四六円、翌年度への繰越し額を二〇七万一、六五八円、法人税額を零とする裁決をなし、その裁決書は同年一二月二四日原告に送達された。

3  しかしながら、原告の本件事業年度における欠損金額は確定申告のとおり一、六九二万六、七〇四円であるので、右更正処分のうち右裁決によつて一部取消された部分を除く残余の部分はなお違法たることを免れないから、その取り消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2の事実を認める。

三  抗弁(処分の適法性)

1  原告は、昭和四一年ころ訴外株式会社新水戸会館(以下、新水戸会館という。)が訴外富久栄興業株式会社(以下、富久栄興業という。)から三、〇〇〇万円を借り受けるに際し、訴外新星自動車株式会社ほか五名(以下。川又グループという。)とともに富久栄興業に対し右債務の連帯保証をなしたところ、その返済期限が迫るも新水戸会館において返済資金調達の目途がたたなかつたため、連帯保証人である原告と川又グループとが新水戸会館を交えて協議した結果、三、〇〇〇万円のうち原告が一、〇〇〇万円、川又グループが二、〇〇〇万円を調達して富久栄興業に対する支払にあてることになつた。

2  しかし、原告は、右一、〇〇〇万円の調達ができなかつたため、再び川又グループと新水戸会館を交えて協議した結果、連帯保証人としての内部的負担部分たる一、〇〇〇万円を川又グループに肩替りしてもらい、他方、原告の所有する新水戸会館の株式六万株(一株の額面金額五〇〇円、額面総額三、〇〇〇万円)を川又グループに無償で譲渡することとした。川又グループは右約定に従つて三、〇〇〇万円の資金を調達し、これを新水戸会館に貸し付けた上、新水戸会館から富久栄興業に返済する形式をとつて、実質的に連帯保証債務を履行した。

3  以上の経緯に照らして考えれば、原告の右株式の譲渡は、実質的にみて、原告の富久栄興業に対する連帯保証債務のうち内部的負担部分である一、〇〇〇万円の履行として行われたものであるから、原告は主債務者である新水戸会館に対して一、〇〇〇万円の求償権を取得しているのであつて、原告が右譲渡株式の額面総額三、〇〇〇万円全額を有価証券売却費として損金に算入したのは誤りであり、一、〇〇〇万円については損金と認められない。従つて、本件更正処分は、右三、〇〇〇万円のうち九九九万七、五〇〇円は損金に算入できないとして本件裁決により維持された限度において、結局正当というべきである。

4  かりに本件において、原告が新水戸会館に対して取得した一、〇〇〇万円の求償権をすでに放棄したとしても、それは実質的には新水戸会館に対する寄付金にあたるものと解される(法人税法三七条五項参照)。そこで同条二項に規定する「預金算入限度額」を同法施行令七三条により計算すると、後記の算式により二、五〇〇円となり、右一、〇〇〇万円のうち九九九万七、五〇〇円については損金と認められない。従つて、この損金に算入されない寄付金九九九万七、五〇〇円は、原告が経理した損金から控除しなければならない筋合である。してみると本件更正処分のうち、右と同旨の裁決により維持された部分は正当である。

寄付金の損金算入限度額の算式

(資本金額等)    (所得金額)

四  抗弁に対する認否および反論

1  被告主張の1ないし3の事実のうち、1の事実、2の事実中、原告がその所有する新水戸会館の株式六万株を川又グループに無償で譲渡したこと、3の事実中、原告が譲渡株式の額面総額三、〇〇〇万円全額を有価証券売却損として損金に算入したことは、いずれも認めるが、その余は争う。

2  原告が川又グルレプに譲渡した新水戸会館の株式六万株の実質的価値は、当時の新水戸会館の経営状態からみてほとんど無価値に等しい。原告がこの六万株を川又グループに譲渡する代りに、前記三、〇〇〇万円の連帯保証債務について原告の負担部分を零とし、川又グループが全額その責任を負うことになつたのは、原告が新水戸会館の経営から手を引き、川又グループがその経営権一切を掌握できることになるからであつて、右六万株の株式に一、〇〇〇万円の価値があつたからではない。従つて、債権者である富久栄興業が三、〇〇〇万円の連帯保証債務のうち一、〇〇〇万円の代物弁済として受領した場合は格別、そうでない以上、六万株の譲渡が実質的に一、〇〇〇万円の連帯保証債務の履行にあたるという被告の主張は理由がなく、原告が譲渡株式の額面総額三、〇〇〇万円全額を損金に算入したのは正当といわざるを得ない。

3  仮りに、被告の主張するように、原告が右六万株を川又グループに譲渡したが故に新水戸会館に対し一、〇〇〇万円の求償債権を取得したとしても、当時の新水戸会館の経営状態からみてその弁済はとうてい期待し得ないものであつたから、右求償権については回収不能の貸倒れ損失として損金算入が認めらるべきである。すなわち、税法上、債権の回収不能による貸倒れが認められるためには、従来債務者の事業閉鎖、会社整理、破産、強制執行の不奏効等により債権の回収の見込みがなくなつたことを要すると解されてきたが、その要件は次第に緩和され、昭和四五年五月改正の法人税基本通達九―六―二によつても経理の自主性を尊重する態度が打ち出されたのであつて、このような経緯に鑑みれば、右求償権の損金算入が認められることは明らかである。

また、上来説示したように原告の新水戸会館に対する一、〇〇〇万円の求償債権は、ほとんど無価値に等しいのであるから、このような不良債権を放棄したからといつて寄付したものとは解せられない。

五  原告の反論に対する被告の主張

1  本件のように、事業年度の中途において株式が譲渡された場合には、その価値は原則として譲渡によつて実現される経済的利益をもつて認識するのが相当であるところ、原告は川又グループに対し六万株を譲渡する代りに、連帯保証債務の一、〇〇〇万円の負担部分を川又グループに肩替りしてもらつたのであるから、特段の事情のない限り右株式が一、〇〇〇万円の価値を有していたものと認めるのが相当である。このことはまたつぎの点からも首肯できる。すなわち、川又グループは利潤追求を目的とする営利企業であり、このような営利企業が一、〇〇〇万円もの負担部分を肩替りするのに、それに見合う対価を取得せず、採算を無視した行為をすることは考えられない。

2  債権が回収不能であるかどうかは、債務者の資力はもとより、その信用、経営能力、債権者の採用した取立の手段方法、これに対する債務者の譲受等、諸般の事情を総合して判断すべきであり、たとえば、債務者の債務超過の状態が相当の期間継続し、他からの融資を受ける見込みもなく、到底再起の見通しがたたず、事業を閉鎖あるいは廃止して休業するにいたつたとか、会社整理、破産、強制執行などの手続をとつてみたが債権の支払を受けられなかつたなど、債権の回収不能が客観的に確認できる場合にはじめて回収不能と判定すべきものであるところ、本件求債権についてみると、新水戸会館が事業不振で営業成績が不良であつたとしても、前述のような債権の回収不能を客観的に示す事実は何も存しないのであるから、右求償債権が回収不能であるとはとうてい認められない。

第三  証拠〈略〉

理由

一請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二そこで、本件更正処分のうち、裁決により維持された部分の違法性の存否について判断する。

1  原告が川又グループとともに、昭和四一年ころ新水戸会館が富久栄興業から三、〇〇〇万円を借り受けるに際し同社に対し右債務につき連帯保証をなしたこと、右債務の返済期限が迫つても新水戸会館に返済資金調達の目途がたたなかつたため、連帯保証人である原告と川又グループとが新水戸会館を交えて協議し、右三、〇〇〇万円のうち原告が一、〇〇〇万円、川又グループが二、〇〇〇万円を調達し、富久栄興業に対する支払にあてることを約したこと、原告がその所有する新水戸会館の株式六万株(一株の額面金額五〇〇円、額面総額三、〇〇〇万円)を川又グループに譲渡したこと、原告が本件事業年度において右譲渡株式の額面総額三、〇〇〇万円全額を有価証券売却損として損金経理をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

2  〈証拠〉を総合すると、

新水戸会館は原告と川又グループとの共同出資によつて設立された会社で原告が六万株の株式を所有していたところ、原告が主債務者である新水戸会館および連帯保証人である川又グループと協議した結果、右三、〇〇〇万円の連帯保証債務のうち原告の内部的負担部分を一、〇〇〇万円と定めたことは前に説示したとおりであるが、原告はこの一、〇〇〇万円の調達ができなかつたため、右の六万株の株式を処分して一、〇〇〇万円を捻出しようと考え、再び川又グループと協議した結果、川又グループは、原告の依頼に応じ原告が調達すべき一、〇〇〇万円の資金を自ら調達した上、原告にかわつて富久栄興業に支払うことを約束し、原告は川又グループが原告のため支出する必要費一、〇〇〇万円の償還に代えて前示六万株を川又グループに譲渡することを約束したこと、川又グループは右約定に従つて三、〇〇〇万円を調達し、新水戸会館の富久栄興業に対する債務の返済にあてるとともに、原告から右六万株の株式を譲り受けたこと、

以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠は存在しない。

右認定事実によれば、川又グループが富久栄興業に対して返済した前示三、〇〇〇万円のうち一、〇〇〇万円は、新水戸会館に対する関係においては、原告が返済したこととなり、したがつて原告が主債務者である新水戸会館に対し一、〇〇〇万円の求償債権を有するものと解すべきである。

3  次に、原告の新水戸会館に対する一、〇〇〇万円の求償債権がはたして回収不能のものと認められるかどうかについて検討すると、債権の回収不能による貸倒れが認められるためには、一般に債務者において破産、和議、強制執行等の手続を受け、あるいは、事業閉鎖、死亡、行方不明、刑の執行等により、債務超過の状態が相当の期間継続しながら、他からの融資を受ける見込みもなく、事業の再興が望めない場合のほか、債務者に未だ右のような事由が生じていないときでも、債務者の負債および資産状況、事業の性質、事業上の経営手腕および信用、債権者が採用した取立方法、それに対する債務者の態度を綜合考慮したとき、事実上債権の回収ができないと認められるような場合をも含むと解するのが相当である。

原告指摘の法人税基本通達九―六―二には、「法人の有する貸金等につき、その債務者の資産状況、支払能力等からみてその全額が回収できないことが明らかになつた場合において、法人が貸倒れとして損金経理したときは、これを認める。云々」とあるが、その趣旨において右に説示したところと径庭はないものと思料する。

ところで、〈証拠〉を総合すると、新水戸会館は水戸市宮下町七三番地に鉄筋コンクリート造並に鉄骨造陸屋根亜鉛メッキ鋼板瓦棒交畳地下一階付九階建店舗を建設し、昭和四〇年一二月ころから、資本金八、五〇〇万円(その後増資され同四二年四月一日から同四三年三月三一日までの事業年度において一億九、〇〇〇万円となつた。)で、右店舗を、一部ボーリング場等として賃貸しているほか、結婚式場、レストラン、小料理屋、貸ホール、キヤバレー等を営んでいたものであるが、右店舗の完成が予定より遅れたことや開業後の営業成績不良のため、毎期多額の欠損金をだし、加えて借入金の返済もあつて開店当初より営業資金に窮していたこと、原告は新水戸会館に対し、数回にわたり口頭で一、〇〇〇万円の返済を求めたものの、右のような事情もあつてことさら法的手続はとらなかつたこと、および現在においても新水戸会館の営業は継続していること、が認められ、右認定を左右するに足りる証拠は存在しない。

以上に認定したように、債務者である新水戸会館が事業不振で営業成績が悪く、営業資金に窮していたことは事実であるが、さような事実があつたからといつて直ちに上来説明した回収不能の場合に該当するものということはできないし、他に回収不能の事由を裏づけるに足りる事実は認められないのであるから、新水戸会館は回収不能の状態にまで立ち至つていなかつたと認めるのが相当である。

4  以上のようなわけで、原告は川又グループに対して新水戸会館の株式六万株を譲渡する一方、新水戸会館に対し一、〇〇〇万円の求償債権を取得したのである。したがつて、原告が前示譲渡株式の額面総額三、〇〇〇万円全額を有価証券売却損として預金経理をしたからといつて三、〇〇〇万円の損金算入を認めることはできないのであつて、少なくとも前示一、〇〇〇万円はこれを控除すべき筋合である。してみれば原告が本件事業年度において有価証券売却損として損金経理した三、〇〇〇万円に対し、九九九万七、五〇〇円は損金に算入されないと判断した原告主張の裁決は結局正当たるを失わず、本件更正処分のうち右の裁決により維持された部分も結論において正当である。

三よつて、原告の被告に対する本訴請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(石崎政男 長久保武 武田聿弘)

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